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境界線の話はスイスイ入ってきたのですが、宗教的な聖書と絡めての話になると全く理解がし難くなかなか先に進めなかったです。逆を言うとキリスト教信者の方はとても分かりやすい話なのではないかと思います。
はじめに境界線(パウンダリー)というのは
自分の責任と他人の責任の領域の境界線
のことです。日本人特有の曖昧さもあり、問題の根っこは深かったりします。この境界線、自分を取り巻く人間関係が八方塞がりのようであっても、例えば他人の態度や行動が原因で生じた怒りや不安等の感情も、他人のせいにするのではなく(相手を変えることではなく)
自分を変えることで解決しようとするのです。そうすることで、共に成長できる人間関係の構築が可能となります。
私は独学で境界線を勉強し、自分で設定し、実行したために家族からとてつもない反発を受けて、心が折れそうになりました。本に書いてありましたが、必ず抵抗に合います。毎日、楽しくて幸せな私を家族は精神的におかしくなったと捉えられたのです。お陰様で、現在は一般的な家族の関係になりました。一方的な意見や話でなく、お互いに確認したり、話しが出来るようになりました。以前の支配的な関係にならないように防御はしていますが、今の関係は私にとって安心できる家族になりました。
・境界線と家族
・境界線と友人
・境界線と夫婦
・境界線と子供
・境界線と仕事
・境界線と自分
(・境界線と神)
心の境界線をインターネットで検索をかけている人がいたとしたら、境界線を知りたい自分がいます。それは大きな第一歩です。そして境界線の本を手に取り
心で読むとします。もし理解できたとしたら第二歩です。そして少しずつ実行します第三歩。
一気でなく少しずつがポイントです。その実行する相手は、【〇愛に満ちた支援的な人】にして下さい。決して【×1:批判的で保護者のようになる人】や【×2:救助隊】に実行しないで下さい。
1の場合、その人が失敗すると「だから言ったでしょう。」とか「この経験から何を学んだの?」ということを言います。批判や支配です。2の場合、その人を苦しみから助けてあげたいという衝動に譲歩し、助けることは愛ではなく支配に変わります。
本も教科書も先生の言葉もヒントであって、理解するのは答えを出すのは自分です。
皆が健全な境界線をもつときっと世の中がもっともっと明るい未来が待ってるでしょう。楽しみだな~♪
本の解説になっとらん(ー_ー)!!