古本カフェで出会った本「アメリカインディアンの教え」
親子の関係性は世界共通なんだ。
悩みも世界共通なんだ。
同じ苦しみを次の世代に味あわせてはいけない。
高度経済成長期に地位や名誉やお金を優先した団塊世代の多くの人々。「良い大学出て、良い会社に入る」が成功とされた。勝ち組?負け組?心は置いてきていませんか?
第一章 批判ばかり受けて育った子は非難ばかりします。
第二章 敵意にみちた中で育った子はだれとでも戦います
第三章 ひやかしを受けて育った子ははにかみ屋になります
第四章 ねたみを受けて育った子はいつも悪いことをしているような気持ちになります
第五章 心が寛大な人の中で育った子はがまん強くなります
第六章 はげましを受けて育った子は自信を持ちます
第七章 ほめられる中で育った子はいつも感謝することを知ります
第八章 公明正大な中で育った子は正義感を持ちます
第九章 思いやりのある中で育った子は信仰心を持ちます
第十章 人に認めてもらえる中で育った子は自分を大事にします
第十一章 仲間の愛の中で育った子は世界に愛をみつけます
日本の父は強いか? 第五章
今までの日本は、社会が父親を守っていたところがあります。社会が父親に威厳を与えていたのであって、父親が個人として威厳を持っていたわけではないのです。父親が生身の一人の男として家族から尊敬を勝ち得ていたのではないでしょう。誰が社長になっても社長は社長であるように、誰が父親になっても、親は父親であるから尊敬されていたのではないでしょうか。
~今、父親は自分の考えで息子と対決しなければなりません。~自分に最も近い人間に、生身の人間として対決できるかどうかということが、人間の個人としての強さなのです。その時自分を守ってくれるものはなにもありません。父権制度もないし、子供は親の言うことに従うべきだという規範もない世界で、息子と向き合って明快な感情で堂々と話ができることではじめて父親の威厳が示せるのではないでしょうか。
~明治時代の父親は息子の申し出を拒絶して、強そうに見えたかもしれませんが、彼らはそうしても息子の尊厳を失う恐れはなかったはずです。そうした環境にあったというだけの話です。~明治の父親が1人の生身の男として今の父親より強かったわけではないのです。
まず親が克服すること 第十章
子供の成功で自分の社会的地位をあげようとした親は、子供を神経症に追いやるし、子供のために子供の成功を祈った親は子供が成功しなくても子供に自信を与えます。親自身が劣等感に悩んでいる限り、現実の子供を認め、子供を励ますことはできないのです。
特に印象を受けた二つを抜粋。
年配者も、大人も、子育ても常識に囚われずリセットしてもいいのかもしれない。
親の存在はとても大きい。
返信削除小さな時はそこが全てだったんだものね。
親から受けた価値観や道徳心によって、今とても苦しいです。
誰もがそうだと思う。
全部捨てたいと思う罪悪感にも最近許しを与えるようにして向き合っています。
生きてさえいてくれれば、なんて、嘘なんだとも思う。
*まめ松ちゃん*
削除しょうがないね。まいっか。って自然に許せると凄く楽になる。
先日のカンブリア宮殿の「寝たきりからの脱却!患者も家族も幸せになる病院」青梅慶友病院、大塚会長の言葉。
「気持ちだけの介護は患者も家族もつらい」
医療<介護<生活
日々の生活を楽しんで生きてくれれば良いなって思うよ。